My life in Oxford

ついに、私のオックスフォードでの3ヶ月の滞在が終わり、3月18日に日本に帰ってきた。イサカでの生活をこのエントリーにまとめたように、オックスフォードで学んだことを、ここにまとめたいと思う。


  • Seminar series

オックスフォードでは、3種類のセミナーに参加した。私のスポンサーであったColin MillsさんやNissan Institute of Japanese StudiesのEkaterina Hertogさんによれば、「オックスフォードの『問題』は、セミナーが多すぎること」、だそうだ。

まず、社会学部(Department of Sociology)が主催する、月曜日お昼のソシオロジーセミナーがある。Nuffieldから社会学部がある建物までは、歩いて約20分。ちょっと距離があるけれど、オックスフォードの中心を抜けていくので、歩いて行くのが楽しかった。セミナーは12時半開始だけど、ランチ(サンドイッチ)が提供されるので、まずこれを食べてから、セミナーを始める。

この社会学セミナーでは、様々な発表を聞いた。中国における教育達成の男女間格差や、社会不平等を研究する際の職業カテゴリの有用性の研究、ソーシャルメディア時代における労働の変容について、ナイジェリアからイタリアへの人身売買の研究、中国におけるゲイ・レズビアンの「名目上の結婚」の話、など。コーネルでのセミナーと比較すると、やっぱり、イギリス以外から来る人が多くて、また、色々な国を対象にした研究があった、と感じた。Millsさんによれば、オックスフォードの社会学のスタッフに関しては、イギリス社会を研究している人が少数派だ、ということだった。

次に、Nuffield Collegeのソシオロジーグループが主催する水曜日の夕方5時からのセミナーに出席した。ここでも、いろいろな話を聞いた。生活の質(Quality of Life)指標の研究、イギリスの政府統計を用いた自閉症の研究、子どもが産まれた後、夫と妻がどのように仕事を調整するかどうかを探究したアメリカの研究(スピーカーはコーネルの人だった)、アメリカのヒスパニック移民の健康に関する研究、インターネットでの売買関係における信頼についての実験と調査を組み合わせた研究、など。ソシオロジーセミナーに比べると、大物というか、高齢の研究者の発表が多いように感じた。最後のスピーカーはRobert Eriksonさんだった。

最後に、Nissan Institute of Japanese Studiesが主催する木曜日のセミナーがある。ただ、このセミナーには、2回しか行かなかった。NuffieldからSt. Antonyの建物が遠いということもあって、またNuffieldで用事が入ってしまうことがあったりして。私が聞いた2つの発表は、両方とも日本人の方の発表だった。発表はもとより、質疑応答を聞くのも楽しかった。ああ、オーディエンスは日本のこういうところに関心があるのだな、と。そして、日本人研究者(あるいは日本人)にとって「常識」であるようなことも、案外知られていないのだな、と感じた。

  • Social interaction

やっぱり、オックスフォードでの滞在で得た一番の収穫は、色々な人と交流できたことだった。Nuffieldでは、ブレックファーストとランチ、ディナーが提供されている。なんと、訪問研究員はすべて無料である。また、ポスドクも無料なのだそうだ。訪問研究員にはプライベートオフィスも提供されるし、いろんな人が、「オックスフォードで訪問研究員をしたい人はたくさんいる」と言っていることの意味が分かった。そして、Nuffieldの食事は、イギリスで一番美味しかった。


(これはブレックファーストの写真)

ブレックファースト、ランチ、ディナーは、ダイニングルームで提供される。ここで、食事を楽しみながら、いろいろな人と話をすることができた。特に、火、水、木、金曜日はHigh Table Dinnerがあるのだが、これが大変興味深かった。ディナーを楽しむにも、いろいろなルールがある。このディナーに出席して、GoldthorpeさんなどのNuffieldの研究者が、ClassやStatusという概念にこだわる気持ちが、わかった気がした。アメリカでは、ちょっと考えられない。

毎日、ランチをたっぷり食べるので、ディナーはいつも軽めにした。無料とはいえ、毎日Nuffieldのディナーに出ると食べ過ぎになるので、High Table Dinnerには週一回だけ、水曜日のセミナー後に出席することにした。ここで、イギリス、アメリカ、トルコ、ドイツ、フランス、南アフリカイスラエル、日本、中国、イタリア、ロシア、オランダ、ポーランドスウェーデン、色々な国から来ている人に出会った。アメリカ(コーネル)では、アメリカ人かアジア人(中国人や韓国人)が多かったので、色々な国から来る人と話をする機会があってよかった。そして、色々な国からイギリスに来ている人は、日本のことにも興味を示してくれることが多かった(ただし、私の印象では、アメリカ人以外は・・・)。ここで会った人たちと、話をすることは、いつも興味深かった。とはいえ、私1人+Native English Speaker(あるいはNativeに近い人)多数で会話をすることには、いつも難しさを感じた。特に、ランチやディナーではたくさん人がいて、ホールが騒々しいので、そこで食事を楽しみながら会話をすることは、大変だった。1対1とか、数人でする会話に関しては、自分でも「英語が上達したかもしれない」と感じた。でも、「達成できたこと」を感じる時はいつも、「まだ達成できていないこと」を実感する時であるのかも、と思った。


(ディナーの前後に会話を楽しむホール)

  • Learning about the British society

オックスフォードにいる間は、ニュースをチェックしたり本や論文を読んだりして、イギリスのことを理解しようと努めた。イギリス社会のことは、これまでほとんど知らなかったので、この社会のことを知ることができて、よかった。例えば、イギリスでは、集合的交渉制度が崩壊していること。イギリスの労働者は現状肯定的な傾向にあること、他のヨーロッパ諸国と比較して、賃金格差が拡大し、低賃金、低技能労働者が増えていること。物価が上がっていて実質賃金が下がっていて、特にハウジングコストがcrazyなこと、など。Millsさんは、「イギリスはヨーロッパからは段々離れていって、アメリカ化している」と言っていた。イギリス社会について調べたことは、『日本労働研究雑誌』の「フィールド・アイ」という連載シリーズの最終回に寄稿した。ただ、私がオックスフォードに滞在したのは3ヶ月だけだったので、表面的な理解しかできていないかもしれない。でも、同じアングロサクソンの国とはいえ、そしてイギリスが「アメリカ化」しているとはいえ、イギリスとアメリカはずいぶん違うところがある。このことを実感できたことはよかった。

私は2年間、在外研究をして、どれだけ、研究を深められたかはわからない。でも、本当に色々なことを学ぶことができた、と感じている。これらは、私のこれからの研究のヒントになるだろう。30代の前半でこういう経験ができたことは、本当によかったし、私はとても幸せだと思った。


(1st floor at the Library)

  • Exploring Europe

アメリカでは、各地で開催されるカンファレンスに出かけていくことが、本当に楽しかった。それで、旅行中、いろいろなトラブルに遭遇したけれど、それも今となっては懐かしい思い出だ。今回、イギリスに移住したもう一つの目的は、アメリカだけではなく、ヨーロッパ諸国のことも知りたい、と思ったこと。アメリカと比較して、ヨーロッパはとても狭い。色々な国に、本当に簡単にいくことができる。3ヶ月の間、イギリスではレスターとロンドン、イギリス以外ではパリ、ブリュッセル、ベルリン、プラハに出かけていった。

私は、色々なところに出かけていくことが訪問研究員の醍醐味だ、と思っている。オックスフォードでの勉強に集中したかったのでそんなに頻繁には出かけることはできなかったけど、一つ、国際的なカンファレンスに参加することができた。ブリュッセルで、European Trade Union Instituteが主催するWomen's work and healthに参加できたことは、本当によい経験だった。

イギリスとアメリカがだいぶ違う国であるように、「大陸ヨーロッパ」、「中央ヨーロッパ」、あるいは「旧共産圏」とグルーピングされる国であっても、それぞれの国は、それぞれに異なる側面をもっている。改めて考えたのは、日本のことを知るためには、どの国と比較することが有益であるか、ということ。どの国と比較すると、日本のどんなことが明らかになるのだろうか、ということだった。今は公開データが整っているので、一昔前と比べると、信じられないほど簡単に国際比較研究を行うことができる。私もいくつか国際比較研究に着手したけれど、行ったこともない(あるいは、あまり知らない)国を対象にして国際比較することには、慎重であるべきだと思っている。特に、ヨーロッパは日本から遠く、日本と事情が異なるし、私には知らないこともたくさんある。私は、日本に来る前は、国際比較研究をしてこなかった。ただ、もちろん、英語で読める諸外国の研究については参考にしてきた。でも、それらの研究が生まれた社会的背景について、昔は必ずしも十分に理解できていなかったと感じている。今は、アメリカやイギリスの研究を読む時に、その研究で明らかにされた事実を、その社会背景と共に理解することができる。だから私は、自分なりの国際比較研究のやり方を、これから考えていきたいと思っている。また、やっぱり私の分野で考えると、データの質や分析手法に関しては、アメリカや、ヨーロッパの国々の方がだいぶ進んでいる。そのような諸外国の研究を日本に紹介することは重要だと思う。そして、国際比較研究をしないとしても、日本のデータを解釈する際にも、国際比較の視点から考えることは、本当に大事なことであると感じた。

  • おわりに

オックスフォードで経験することができなかったことは、学部や大学院の授業に出席する、ということだった。Nuffieldには学部生がいないし、大学院に関しても、個人指導が主なので、ちょっと調べてみたけど、私が出席できそうな授業がなかった。この点に関しては、コーネルで色々な授業に出席して、その内容もさることながら、学部生や大学院生の反応について学べたことは、貴重な体験だったと感じた。特に、ここでの学部生と知り合いになれなかったことは、ちょっと残念だった。

オックスフォードでの滞在は3ヶ月に過ぎなかったけれど(訪問研究員としては2ヶ月の滞在)、ここで、本当に色々な人に出会うことができた。1年9ヶ月、イサカで過ごしたけれど、イサカで出会った以上の人(研究者)と、オックスフォードで出会うことができた。でも、こうやってオックスフォードで色々な人と交流できたのは、イサカで英語の特訓をしてきたから、ということがあると思う。ここでのコミュニケーションは、イサカの時と比べると非常にスムーズにいったと感じた。

イギリスでは(日本と同様に)量的研究が少数派である。だから、Nuffieldで量的研究を行う人は、イギリス内の学会よりも、International Sociological Association(ISA)のRC28に出かけていくことが多いのだそうだ。ここで出会った人の多くは、RC28のメンバーだった。つまり、RC28に参加し続けると、これからもオックスフォードで会った人たちと交流し続けることができる、ということだ。最後に、”See you at a meeting of RC28 someday!”と言って、色々な人と別れた。RC28のミーティングには、必ず、「本気の論文」を出し続けようと心に誓った。

以上、私のオックスフォードでの経験を綴ってきた。こうやってまとめてみると、短い間だったけど、本当に色々なことがあったな、と思った。Nuffieldのvisitorshipに関しては、最初は断られてしまったけど、空きができて滑り込むことができた、という経緯がある。こういうことを考えても、私は本当にラッキーだった。コーネルではMorganさんが異動したりしてアンラッキーだなと思っていたりもしたけど、そのようなアンラッキーをラッキーに変えることができて、本当によかったと思う。この冬は、イサカはsuper coldだったというし、オックスフォードに移住したことは、私の2年間のサバティカルをずっとずっと充実したものにしてくれた。

この2年間、色々な人に優しくしてもらい、助けてもらった。このことを、私はずっと忘れない。私のサバティカルは終わるけど、私は、これは「終わり」ではなく、「始まり」だと思っている。2年間学んだことを、これからの私の日本での研究にどう生かせるか、そのことを真剣に考えていきたいと思う。